トピック先生、ひと言いいですか

Vol.13 株式会社コアミックス広報 根橋苑子 (ねばしそのこ)中編

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原哲夫と共に働くたくさんのスタッフを、抜き打ちでチョクゲキ!! 普段は見ることのできない原哲夫の素顔や、仕事のこぼれ話を大バクロするこのコーナー。今回はいつものスタジオを飛び出して、『月刊コミックゼノン』の編集などを手がける株式会社コアミックスにお邪魔します。

そこでお話をうかがったのは、広報の根橋さんです。この原哲夫公式サイトの運営・管理を担当しているにもかかわらず、原先生との関係性はまだまだ浅いと話す彼女。ただ、話を聞いていくうちに、スタジオのスタッフにも引けをとらないくらい、クリエイティブな感性を持っていることが判明していきます。

知る人ぞ知る、もうひとつの顔とは?
私の出身は長野県。大学進学と同時に東京に出てきて、今に至ります。小さな頃は本当におてんばな女の子でした。家の網戸に体当たりして、そのままバーン! って倒したり、水が張ってある田んぼに自転車ごと落ちて泥だらけになったり……。中学の時には、当時すごく流行っていた『るろうに剣心』の影響で剣道部に入りました(笑)。得意技は小手面でしたね。

高校では、『現代音楽部』というクラブに入ってギターを弾いていました。当時はパンクっぽいバンドのコピーをしていましたね。その後、大学時代もバンドばっかり。実は、今もバンド活動はやっているんです。オリジナルの曲をつくって、ライブもしていますよ。会社の人は……知っている人は知っています(笑)。学生の頃から、売れるとか関係なく、音楽はずっと続けていきたいって思っていました。

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以前はアメリカ人ドラマーと2人でバンドを組んでいました。たまたま共通の友人がいて、「とりあえず、会って、飲もう!」って。新宿あたりで、歩きながら缶ビールを飲みつつ、バンド結成に至りました(笑)。ただ、その人が帰国してしまったので、今は1人で弾き語りとして、続けています。『1000s of cats』というバンドです。曲もYouTubeで聴けますよ(笑)
どん底から抜けだして、偶然いまの仕事に。
大学卒業後は、当時バイトをしていた企業にそのまま就職しました。とにかく両親を安心させたかったんですよね。だから学生時代には、マンガ関係や出版関係の仕事に就くなんて、考えたこともなかったです。もちろん、絵はその時も描いていましたけどね。

その仕事を3年ほどでやめて、何もする気がなくなって、1年間ニート生活だったんです。でも貯金も尽きてきて「もう生活していけない……」っていう所までいってしまって……(苦笑)。吉祥寺で偶然見つけたのがコアミックスでした。マンガが好きだったので、すごく嬉しかったです。

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正直言って、当時はコアミックスも、『コミックゼノン』も知りませんでした。でも、原先生や、北条司先生の名前は当然知っていたので、「こういう会社が、こんな所(吉祥寺ごめんさい)にあったのか!」って、驚きましたね。今は仕事もすごく楽しくて、まだまだ続けていきたいと思っています。
(後編につづく)