トピックデスクでお宝探訪

Vol.14 「慶次郎」ではなく「慶次」なのは、なぜ? そこには知られざる誕生秘話が……

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原先生のデスクをあさりまくって、お宝グッズを探すこのコーナー。いつものようにお仕事中の先生のもとへと突撃すると……。
90年台に人気を博した名作『花の慶次』をペラペラとめくる先生。話の中から、案外知られていない、作品のお宝エピソードが飛び出したとか。さあ、どんな内容??

本名だと思っている人もいるくらい、浸透していますが……

ーーせんせー、こんにちはー! あれ、何してるの? それは『花の慶次』。先生の過去の作品ですよね……。

原:うん、ちょっと仕事で見返す必要があってね。この作品にも思い出がたくさんあるなぁ……

ーー先生の代表作の1つですもんね。

原:そうなんだけど、とっても苦労した作品なんだよ。

連載終了から20年以上が経った今でこそ、再評価されることも多い『花の慶次』。しかし、当時は人気投票での順位も伸び悩み、絵のタッチを模索するなど、いろいろと悩みながらつくった作品だそうだ。

ーー前田慶次って、実在の人物ですよね。先生が描かなかったら、ここまでの知名度はなかったんじゃないですか?

原:それは言い過ぎかもしれないけど、確かにこの作品がなかったら、世の中的には「前田慶次郎」という本名がもっと知られていただろうね。

ーーあ、そういえばそうだ! 慶次の本名は「慶次郎」ですよね。もうその事実を忘れちゃうくらい、「前田慶次」っていう名前が浸透しちゃってる!

某ゲームでも、「前田慶次」というキャラクターが登場するなど、本名よりむしろ「郎」をとった「慶次」の方が有名になっている。

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実は、あの人のアドバイスで、今のカタチになりました!

ーーでも先生、なんで「慶次郎」じゃなくて、「慶次」なの? もしかして、ややこしい大人の事情とか??

原:いやいや、単純な理由でね、実は原作の隆慶一郎先生のひと言なんだよ。僕は隆先生がお亡くなりになる前に何度かお会いしたんだ。そこで隆先生が「今の若い人には、『慶次郎』より『慶次』の方が浸透するんじゃない?」ってアドバイスをもらってさ。

『花の慶次』の原作である小説『一夢庵風流記』を書いた故・隆慶一郎先生のアドバイスだったとは……。これはあまり知られていない事実だ。

ーーえ!? 隆先生が関係してたんだ! 知らなかった!!

原:隆先生の助言がなかったら、『花の慶次郎』っていうタイトルになってたかもね。僕たちは「慶次郎」で行くつもりだったんだから。今思うと、『花の慶次郎』って、ちょっと変だよね(笑)

ーー今となっては、違和感しかないです! ちなみに隆先生はどんな方だったんですか?

原:先生はね、東大を出るようなスマートな頭脳の方なのに、ぜんぜんお硬い人じゃなくて、マンガにも抵抗がなかったんだ。お会いした時には「原先生の『北斗の拳』、読んでましたよ!」なんて言われて。嬉しかったなぁ……。

すこし前の世代の文化人や知識人と呼ばれる人の中には、マンガを少し低俗な文化と考える人も見られる中、柔軟な考え方を持った方だったようだ。

原:後ね、まさに慶次のような人だったんだ。傾奇者としての生き方をつらぬいていたね。「僕はね、雲が好きなんだよ」って言ってたなぁ。すごくおおらかで、とっても素敵な人だった。

ーーそうなんですね。雲が……、あっ! じゃあ、もしかして「雲のかなたに」っていう副題も、隆先生が?

原:うん。そうなんだ。先生に案をもらったんだよ。僕たちが考えていた『花の慶次郎』よりも、隆先生のアイデアを入れた『花の慶次 – 雲のかなたに – 』の方がしっくり来るよね。さすが、隆先生だ! あの頃、『北斗の拳』が終わった後、なかなかヒット作が出せなくてね。だから、僕にとっても恩人なんだよ。

『北斗の拳』と並ぶ代表作として、今なお多くの人に愛される『花の慶次』にそんな誕生秘話があったとは……。他では知られることのない、まさにお宝エピソードだ。

次回もお楽しみに!